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読了時間: 12分
冷土にて 短編 / 幸いは無味に似て
本編第一話の時期から約四年前。 雪路が家具店で迎える初めての誕生日の話。 瑞々しい新緑が野山を覆う五月。 雪路がダイバーの仕事を辞め、故郷の町に戻ってから約一ヶ月が経過していた。 桔梗家具店に受け入れられた雪路は、店の物置きだった一室に寝泊まりを許され、店の一員として働いて...
読了時間: 8分
冷土にて SS / 漂着
本編エピローグ後想定。 雪路と遼遠が一緒に寝て起きてるだけの話。 静かに雪が降り続いている朝だった。 冬場の空気は、ただ冷えているだけではない独特の気配があった。雪がどれだけ激しく降ったところで、雨や霰のように音は聞こえてこない。雪は降り積もる程に周囲の音を塞いでいき、無音...
読了時間: 7分
冷土にて SS / 夜明けを待つ
本編第八話後半頃。 穂波が遼遠に声のマーキングについて教える話。 「遼遠、キミにマーキング特有の響きを教えてあげようか」 雪路が青い霧の中にあるという集落へ向かうことが決まった夜。 桔梗家具店の面々に穂波と尾研を加えた何とも言い難い夕食を終えた後、車へ戻ろうとしていた穂波が...
読了時間: 27分
冷土にて―夜の章― / 第五話 均衡
風が入らないはずの店内で、壁掛けのモビールがゆっくりと回っている。 午後の店番をしていた遼遠はカウンターに立ちながら、その吊り下がった飾りの不明瞭な振る舞いに目を奪われていた。薄い木の葉をかたどった板の数々が糸で吊るされ、吊り合ったシーソーのように絶妙なバランスで宙に浮かん...
読了時間: 24分
冷土にて―夜の章― / 第六話 紫陽花
※自傷、児童虐待、私的制裁等の展開が含まれます。 穂波が育ったのは、常闇の中だった。 これは正確な表現ではない。しかし自身の生い立ちを端的に語るとするならば、やはり始まりは闇の中だった。 深い水底のような色をした闇の中――。...
読了時間: 24分
冷土にて―夜の章― / 第七話 潮汐
立織を森へ置き去りにし病院へと戻った穂波とミナトは口裏を合わせ、職員たちに次のように話した。 立織とミナトはいつものように穂波を見舞いにやって来た。 穂波の病室を出た後、ミナトは立織から「先に車へ戻っているように」と言われた。車の鍵を預かり一人で車で待機していたが、いつまで...
読了時間: 25分
冷土にて―夜の章― / 第八話 混線
風向きが変わったのは、本格的な夏が始まってしばらく経ったある日のこと。 穂波が再び桔梗家具店を訪れ、アンリと対峙してから三か月にも満たない頃だった。 穂波と尾研は、中継地計画の現場に訪れていた。そこは都市から北向きに出て森を回り込んだ位置にある。都市の郊外から車で一時間ほど...
読了時間: 31分
冷土にて―夜の章― / 第九話 濃霧
車の向かう目的地は、中継地計画の拠点からさらに北東方向へ離れた位置。人里離れた山道の途中だった。集落まで歩く距離は都市側から向かう場合よりも長くなってしまうが、穂波たちが誰にもばれずに霧の中へ逃げ込むにはこうするしかなかった。雪路はその距離を往復しなければならない。...
読了時間: 9分
冷土にて―夜の章― / エピローグ
雪路は無事に巣文と千崎の下まで辿り着き、二人に肩を貸されながら千崎の車へ戻った。朝方に開始された霧への進行は、約十七時間後の深夜に雪路の帰還をもって完了とされた。 生還を果たした雪路の表情に安堵の色はなく、何も語ろうとしない。頬に涙の流れた跡を沢山残して、焦点の定まらない目...
読了時間: 23分
冷土にて―冬の章― / 第一話 白百合
ふと窓の外を見ると、庭の雑草の一枚一枚の葉に霜が降り、淡く光っていた。 冬の始まりを感じさせる朝だった。 雪路が寝泊まりしているのは三階の、手洗い場がついているだけの小さな部屋だ。入り口に「桔梗家具店」と綴られた木造建てのこの建物は、一階から二階は家具や調度品の販売フロアに...
読了時間: 18分
冷土にて―冬の章― / 第二話 ふたり
雪がくるぶしの高さまで積もり、庭の木に留まる野鳥が丸く膨れている、冬のある日だった。 時計が十三時を回ったのを見計らって、雪路は作業着に重ねて上着を羽織り、工房を出た。 工房に隣接した桔梗家具店の裏口に上がり、入ってすぐの壁に掛けてある手提げ袋とコートを回収して店側へ――レ...
読了時間: 18分
冷土にて―冬の章― / 第三話 閃光
絞り出した自分の声の情けなさに、雪路は顔を覆いたくなった。 「丸一日捜索に出てても平気な俺が何であれくらいで……」 雪路の変り果てた姿に、親方はひどく呆れていた。 「なんてザマだ。出掛ける許可を出すんじゃなかったよ。さっさと治すことだな、雪路」...
読了時間: 16分
冷土にて―冬の章― / 第四話 アンカー
降雪のピークと思われる時期が終わり、溶けていく雪の下からほんの少しだけ本来の道が顔を覗かせるようになった。冬はまだ続くが、これ以上冷えはしないだろうという期待が寒さを和らげる。 今日の午前の店番は雪路の担当だった。 元々賑わいのある店ではなく、多くは家具の修繕が目当ての客な...
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