読了時間: 27分小説冷土にて―夜の章― / 第五話 均衡風が入らないはずの店内で、壁掛けのモビールがゆっくりと回っている。 午後の店番をしていた遼遠はカウンターに立ちながら、その吊り下がった飾りの不明瞭な振る舞いに目を奪われていた。薄い木の葉をかたどった板の数々が糸で吊るされ、吊り合ったシーソーのように絶妙なバランスで宙に浮かん...
読了時間: 24分小説冷土にて―夜の章― / 第六話 紫陽花※自傷、児童虐待、私的制裁等の展開が含まれます。 穂波が育ったのは、常闇の中だった。 これは正確な表現ではない。しかし自身の生い立ちを端的に語るとするならば、やはり始まりは闇の中だった。 深い水底のような色をした闇の中――。...
読了時間: 24分小説冷土にて―夜の章― / 第七話 潮汐立織を森へ置き去りにし病院へと戻った穂波とミナトは口裏を合わせ、職員たちに次のように話した。 立織とミナトはいつものように穂波を見舞いにやって来た。 穂波の病室を出た後、ミナトは立織から「先に車へ戻っているように」と言われた。車の鍵を預かり一人で車で待機していたが、いつまで...
読了時間: 25分小説冷土にて―夜の章― / 第八話 混線風向きが変わったのは、本格的な夏が始まってしばらく経ったある日のこと。 穂波が再び桔梗家具店を訪れ、アンリと対峙してから三か月にも満たない頃だった。 穂波と尾研は、中継地計画の現場に訪れていた。そこは都市から北向きに出て森を回り込んだ位置にある。都市の郊外から車で一時間ほど...
読了時間: 31分小説冷土にて―夜の章― / 第九話 濃霧車の向かう目的地は、中継地計画の拠点からさらに北東方向へ離れた位置。人里離れた山道の途中だった。集落まで歩く距離は都市側から向かう場合よりも長くなってしまうが、穂波たちが誰にもばれずに霧の中へ逃げ込むにはこうするしかなかった。雪路はその距離を往復しなければならない。...
読了時間: 9分小説冷土にて―夜の章― / エピローグ雪路は無事に巣文と千崎の下まで辿り着き、二人に肩を貸されながら千崎の車へ戻った。朝方に開始された霧への進行は、約十七時間後の深夜に雪路の帰還をもって完了とされた。 生還を果たした雪路の表情に安堵の色はなく、何も語ろうとしない。頬に涙の流れた跡を沢山残して、焦点の定まらない目...